慶長八年に蒔田広定が浅尾の地に一万石で入り、浅尾藩の陣屋としたものです。
累代を経た慶応二年に長州藩の浪士により焼き討ちを受け、防戦むなしく陣屋は灰燼に帰してしまいました。
現在でも一部に土塀が残り、往時の面影を伝えています。
総社市内の中心地にありながら、住宅地の中にある為、判りにくくなっています。
国道180号線を西に進み市役所筋を過ぎてすぐ、中央二交差点を北側に入ります。
ここからは、市街地の地図を元に右手にある住宅地に入ります。ウロウロしてしまいましたが、どうにか到着。
陣屋前に馬場用水跡があり、陣屋跡地には碑や説明版、復元土塀があります。西側には部分的にですが土塀が現存しており、裏地には土段があって御台場跡となっています。
<馬場用水跡> 円形の石積みによる井戸。 金魚が泳いでいる。 |
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<陣屋跡の碑> | |
<復元土塀> 現存土塀を元に往年の姿を復元している。 |
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<現存土塀>その1 こちらは当時から現存している土塀。かなり朽ちてきている。 |
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<現存土塀>その2 かなり失われている。 |
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